※ネタバレ注意。結末について少し話しています。
※これを書いている人は原作ゲームの全エンディングをクリア済みです。
▼先日、映画「SEKIRO: NO DEFEAT」感想を書いた。
前回のブログには書かず、うっすら考えていたことがあった。
その後、映画の2回目を観に行ったことと、TVアニメ版が2027年1月に放送予定だと発表されたことで、少し考えが固まったので、3つ書いてみようと思う。
「葦名の天狗」って大事だったんだな。
映画には、「葦名の天狗」と狼が出会うくだりが含まれていなかった。
「葦名の天狗」は、葦名に忍び込んだ「鼠」の狩人である。隠しきれていないが、いちおう正体は秘密である。ダークヒーロー的存在。

イラスト収録先→#隻狼 隻狼詰め合わせ(リアル系) - GAAのイラスト - pixiv
狼のことを「隻狼」と呼んだのは「葦名の天狗」だった。
彼と狼が出会った時、天狗は狼を斬る前に、名乗るように言うが狼は名乗らなかった。そこで天狗は狼の忍び義手を見て、懐かしさを覚え、刀を収め、狼を「隻狼」と呼ぶことにする。
この出会いが無いと、「隻狼」という名の愛着がかなり変わってくるのではないか。それゆえに、あの展開になったのではないか。
ゲーム内でも、最初に「隻狼ッ!」と呼ばれた狼の反応が「お前は…何だ?」だったが、葦名の天狗の指令をこなし、彼の正体を知る中で、何度も「せきろっ!おうセキロッ!!!」とたびたび呼ばれて愛着がわく。あだ名を受け入れる過程ってそういうものだなと思う。狼も、そのうち「天狗殿」と呼ぶようになる。
(しかし中世日本って、名乗る名乗らない、名乗れ!まずお前から名乗れ!というやりとりを避けて通れなさすぎる…。)
その代わり、かどうかわからないが、映画では、「葦名の天狗」を気取った格好をした、ある人物が出てくる。しかもその人物は、葦名に害をなしつつ、目的は違えど、結果的に鼠狩りをする。
映画の世界線では、その人物に、「葦名の天狗」が踏みにじられているようだ。それはまた「裏切り」を表現するためだったのだろうか。
変若の御子の旅姿の行方。
SEKIROのエンディングは4つある。
・不死断ち
・人返り
・竜の帰郷
・修羅
映画の中では、不死断ちと人返りの葛藤があり、結局片方が選ばれる形になった。
しかしそこで気になるのが、映画の中に「変若の御子が旅姿になり、立ち上がる」カットがあったことだ。このカットは、竜の帰郷のものではなかったか?
思わず心中で叫んだ。「制作陣~~~~!!!もしかしてすべてのエンドのカットを描いたんですか~~!?」(遠くの山に向かって)
なんのために変若の御子のカットがあったのか?映画だけだとわからない。映画とTVシリーズでカットを仕分ける時に漏れたのか?きっといろいろあったんだろうな、と思いを巡らせてしまう。TVシリーズを観たら、なにかハラにオチるだろうか…。どうだろう。
「怨嗟の鬼」戦に期待。
ゲームでは、内府襲来の折、狼は、ボス「怨嗟の鬼」が内府軍と戦っているところを目撃する。
私は「内府襲来により葦名にますます怨嗟が溢れ、もともと怨嗟に苦しんでいた仏師殿を依り代にして悪霊の如く集まり、仏師殿の許容量を超えて、鬼に成ってしまったのだろうか」と思っていた。
つまり、怨嗟の鬼とは内府への怨霊の操り人形になってしまった「憐れ」な存在だという印象を持っていた。介錯しなくては可哀そうだ、というような。
しかし映画だと、あのあと鬼に成り、分別が曖昧になってもなお、荒れ寺に流れ着く者たちを守ろうとした人の心の残滓で内府に抗おうとしているような感覚も持てる。
それはまたいい味だと思うので、TV版で味わえたらいいのにな、と思う。
どうなるか、待ちたい。待つのは、得意。
今回は以上です。



















